この記事を監修したのは
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
遠藤 哉
バリアフリーな住宅を実現するための段差解消やスロープ設置について詳しく解説します。
日常生活において、家の中や外での段差は誰にとっても課題です。本記事では、庭や玄関、そして廊下における段差の解消方法、スロープの設置に関わるポイントを含めて、バリアフリーな住環境を実現するためのステップを紹介します。
【この記事を読んでほしい人】
- 室内の段差で足を引っかける不安を感じている方
- 車いすでの段差を移動することが困難な方
【この記事で説明していること】
- スロープの設置も介護保険の住宅改修対象工事
- 勾配の角度に注意する必要がある。歩いている人は斜面でバランスを崩して転倒する危険も
- 屋外・玄関・廊下など場面にあったスロープを
段差解消とスロープ設置の必要性
住宅や建物において段差が存在すると、日常生活における様々な困難や危険が発生する可能性があります。段差は歩行者や車いすの利用者にとって、移動の障害となることがあります。日本の家屋状況では段差が多く、総務省の統計調査でも、高齢者の世帯で屋内に段差のない家屋は全体の21.5%にとどまります(*1)。
そのため、段差解消とスロープ設置は、利便性の向上だけでなく、安全性を高める上でも極めて重要です。
日常生活での段差の影響とスロープ設置という選択肢
段差がない平坦な状態であれば、歩行者や車いすの利用者が住宅内外をスムーズに移動できるため、生活の質が向上します。特に、ベビーカーを使用する家庭や高齢者、身体障害のある人々にとって、段差は足止めや転倒事故の発生原因となります。
高齢者に関して言えば、段差によって以下のようなトラブルが起こることがあります。
- 筋力が低下しているため段差の昇降が困難になる
- 段差を降りる際にバランスを崩して転倒する
- 段差で足を躓かせて転倒する
- 視力の低下により段差が認識できず転倒する
- 車いすで移動する際、段差を乗り越えることができない
段差解消のひとつの方法としてスロープを設置することが考えられます。
スロープ設置のメリットとリスク軽減の意義
スロープを設置することで、段差をなくし、安全性を確保できます。これにより、転倒のリスクを減らし、より快適かつ安全な環境を提供できます。
具体的にはスロープの設置で以下のようなメリットがあります。
車いすでの安全な移動
車いすの移動に大きな障害となるのが段差。たった1cm程度の小さな段差でも車いすで乗り上げるためには障害となります。介助するにもコツがあり、力が必要になります。自力で移動するにはそれ以上に力が必要となります。
段差をゆるやかなスロープにすることで車いす移動時の負担が軽減されます。車いすの場合は自分でハンドル操作をして移動する場合は勾配が急だと登りきることができないので、よりゆるやかな傾斜のスロープにする必要があります。
歩行器やシルバーカーでの安全な移動
室内・屋外で歩行器(歩行車)やシルバーカーを使われる方も増えています。歩行器を利用することで体を支える支持基底面積を広くとることができ、歩行が安定します。
ただし、車輪タイプなので、段差や敷居があると、持ち上げることができなければ段差を乗り越えることができません。歩行器のタイプにもよりますが、軽いものでも3kg、重いものだと8kg程度の重量があるので、歩行器を持ち上げるときや歩行器を持ったまま段差を移動するときに転倒してしまうリスクもあります。
段差をスロープにすることで、歩行器を持ち上げることなく、段差等を安全に乗り越えることができます。
ベビーカーや小さなお子様にも
車いすや歩行器だけでなく、ベビーカーを使用する方や小さなお子様にとってもスロープは安全性確保に大いに役立ちます。ベビーカーで段差を持ち上げる動作も、手に荷物を持っていたりすると大変な作業です。また、小さなお子様は段差で転倒することも多く、危険です。大きな荷物の搬入などもスロープであれば負担も少なくなります。
高齢者や障害を持った方だけでなく、健康な人にとってもスロープが効果的な場面は数多くあります。このように、スロープによって段差という障害を取り除き、多くの方が移動範囲や可能性を広げることができます。
場面ごとのスロープ設置のメリットと注意点
具体的に場面ごとのスロープ設置方法やポイントを紹介していきます。
屋外にスロープを設置するメリットと注意点
日本の家屋では玄関から敷地外に出るまでには段差があることが多いです。これは建築基準法によって住宅の1階床面は地面から450mm以上高くしなければならないという規定があるからです(例外を除く)(*2)。そのため、高低差なしに敷地外に出ることはできません。通院やデイサービス利用など、外出時には常にこの問題が発生してしまいます。
そこで、段差をスロープにすることで車いすや歩行器での移動が可能になります。
屋外にスロープを設置する場合、コンクリートを流し込んで勾配を作ることがあります。耐久性が高く、水はけもよく、凹凸が少ないため車いす等でも移動しやすいことが利点となります。また、表面を滑りにくくすることで滑り防止・転倒防止につながります。
注意したいのは、スロープ設置には広いスペースが必要になることです。安全なスロープにするためには、できるだけ角度のゆるやかな斜面にすることや、向きを変える部分には平坦な踊り場を作ることが望まれます。建築基準法上では1/8(高さ100mmに対して水平距離が800mm)よりも勾配を急にしてはいけないとされています。
また、バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)の建築物移動等円滑化誘導基準では、1/12(高さ100mmに対して水平距離が1200mm)、車いすを自走(自分で漕ぐ)の場合は1/15(高さ100mmに対して水平距離が1500mm)が望ましいとされています(*4)。
建築基準法 | バリアフリー法 | バリアフリー法 車いす自走の場合 | |
勾配 | 1/8 | 1/12 | 1/15 |
30cmの段差を解消するとしたら、長さ360cmのスロープが必要になります。詳細はこちらに記載していますのでご参照ください。
スロープには長さだけでなく、横幅も必要です。車いすの横幅に加えて、自力で移動する場合は両手でハンドルを操作するための横幅も必要になります。JIS規格で定められた車いすの横幅は最大70cmですので、それを想定して余裕のある横幅を確保しなければいけません。
横幅や長さを考えるとスペースを確保することが難しい場合もあります。スロープ以外の解決方法が必要な場合もあります。玄関からの動線でスペースを確保できなければ勝手口から動線を作る方法もあります。どのような方法で外出ルートを作っていくか、専門業者と相談しながら計画することが必要です。
玄関にスロープを設置する際のメリットとデメリット
玄関内にスロープを設置することで、車いすでも屋外からそのまま室内に移動することもできます。段差の大きな上がりかまちを移動することはできませんが、広めの玄関で、段差が小さければスロープで移動することも可能です。
この場合は取り外し式の福祉用具スロープを使うこともあります。スロープを出しっぱなしにしておくと、限られた玄関スペースがさらに狭くなってしまい、家族にとっては逆に障害物となって移動に支障が出てしまいます。
取り外しができるタイプの福祉用具のスロープ(簡易スロープ)にすることで、必要な時だけ設置することもできます。
上がりかまちの段差が10cmくらいであれば、住宅改修・介護リフォームでスロープを固定するのもいいでしょう。ただ、注意したいのは、玄関土間スペースで扉の前は平坦にしておかなければいけないことです。扉の前ではいったん止まらないと扉の開閉ができません。扉の前が斜面になっていると安定しないため、危険です。平坦で停止できるスペースを残すことを計算に入れた上でリフォームを考えるといいでしょう。
もしスペースが確保できない場合や、段差が大きい場合は、段差昇降機なども選択肢に入れておくといいでしょう。玄関のリフォームについてはこちらの記事を参照にしてください。
廊下のスロープ:使いやすさと安全性の向上
廊下にスロープを設置する場合もあります。主に、廊下から各部屋の入口に段差がある場合にスロープによる段差解消が使われます。室内を車輪付きの歩行器や車いすで移動する場合は、入口の小さな段差や敷居が障害となります。
スロープを使うことによって、歩行器で廊下から寝室に移動したい場合の段差トラブルを解消することができます。歩行器のまま目的の場所まで移動できるので、安全性が高まります。
ただ、むやみにスロープを設置することはお勧めできません。スロープは車いすや歩行器などの段差の移動がしやすくなる半面、斜面に乗り上げたときにバランスが崩れ、転倒のリスクが増えるデメリットもあります。段差の高さが大きくなればそれだけ斜面の面積も大きくなりますので、斜面でバランスを崩すリスクも増えます。体幹のバランス保持が弱くなりやすい高齢者には致命的な問題になることもあります。
歩いて段差を移動するのであれば、スロープを設置するのではなく、以下の方法で解決することも考えましょう。
- 足を上げやすくし、バランスを崩してもつかまれるように手すりを取り付ける
- 段差が見やすくなるように目印となるものを設置、段差を意識できるようにする
- 敷居が段差を生んでいるのであれば敷居を撤去する
特にバランスを崩しやすいパーキンソン病の方やつま先を上げる動作で痛みのある関節リウマチの方などはスロープが適さない場面が多くあります。
段差解消=スロープではなく、いろいろな選択肢の中から適切な解決方法を探していきましょう。
福祉用具レンタルで固定用スロープを借りることもできますが、2024年の介護保険制度改定により、レンタル利用がしにくくなると思われます。福祉用具レンタルでの対応をご検討の方は、こちらの記事もご参照ください。
まとめ
段差はないに越したことはありません。しかし、構造上、段差が生まれやすいのが日本の住宅です。車いすや歩行器で制約を受けずに移動するために、スロープは有効な手段です。ただ、すでにお伝えしたようにデメリットもあります。バリアフリーにするための工事が新たなバリアーを生んでしまうことがあるのです。
必ずケアマネジャーや理学療法士などの専門家、住宅改修の専門業者等と相談しながら最適な方法を探していきましょう。
介護リフォームに必要な手続きや基本的な情報はこちらのページに記載していますのでご参照ください
参考資料
この記事を監修したのは
遠藤 哉
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
大手ハウスメーカーを経て、2009年に株式会社ユニバーサルスペースを創業。介護リフォームに特化し、「介護リフォーム本舗」として全国100店舗超を展開している。チェーン全体での介護リフォームの累積工事件数は約120,000件を超える。