この記事を監修したのは
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
遠藤 哉
住宅において、転倒・転落のリスクが大きい場所のひとつに階段があります。特に高齢者や介護が必要な方にとっては、日々の昇り降りが思わぬ怪我につながることがあります。このリスクを軽減するために重要な役割を果たすのが「階段手すり」です。
最近、階段を降りるのがおっかなくて・・・。家の階段に手すりをつけようと思っているんですが、息子から「階段の手すりは両側につけた方がいい」と言われて。息子は心配性だからそう言ってくれているんだと思うんです。でも、どちらか片側に手すりがあれば大丈夫なんじゃない?、と思っているんです。手すりは両側の方がいいんですか?
階段手すりは両側に設置する必要があるのか?片側だけの階段手すりにはどんな問題があるのか?
この記事では、手すりを両側に設置する重要性と具体的な設置のポイントについて詳しく解説します。転倒・転落事故を防ぎ、安心して暮らせる住環境を作るためのヒントをお伝えします。
【この記事を読んでほしい人】
- 階段に手すりが必要だと考えている人
- 手すりはあるものの、片麻痺のために昇り降りが大変だと感じている人
- 住宅改修で手すり設置の相談をされているケアマネジャーや福祉用具専門相談員
【この記事でお伝えしていること】
- 階段手すりを両側に設置することが推奨される理由
- 片側にしか設置できない場合の対応
- 階段回り部分の縦手すりの有効性
1. 階段手すりの設置がもたらす安全性
階段は住宅内で転倒事故が多い場所のひとつです。ただ危険があるからといって、高齢者が自分の生活スタイルを変えて、階段昇降をしない生活を選択をするかというと、そうとは限りません。
就寝するのは2階にある自分の寝室がいい。日当たりのいい部屋で日の光を浴びて一日をスタートするのが習慣だと考えている方も多いです。
このように、今までの生活スタイルを継続し、日中と夜間の生活スペースを明確に分けることは生活のメリハリをもたらします。いわゆる寝食分離は、活動的な生活を送る意味でも非常に重要な意味を持ちます。介護リフォームにおいて階段手すりの設置は、転倒・転落リスクを軽減し、これまでの生活スタイルを維持するための重要なポイントとなります。
とはいえ、階段に手すりがあるだけで安全性が向上し、転倒のリスクをゼロにできるかというと、そうではありません。利用する人に合わせて、適切な位置に、適切な手すりが必要です。そして、階段の手すりを設置する場合は、基本的には両側に設置することが推奨されています。
なぜ階段の両側に手すりが必要なのか。詳しく解説します。
2. 階段手すりは両側設置が原則
原則として、階段に手すりを設置する場合は両側が推奨されています。建築基準法の法令上は両側の手すりが必要とは記載されていません。
(階段等の手すり等)
第二十五条 階段には、手すりを設けなければならない。
2 階段及びその踊場の両側(手すりが設けられた側を除く。)には、側壁又はこれに代わるものを設けなければならない。
3 階段の幅が三メートルをこえる場合においては、中間に手すりを設けなければならない。ただし、けあげが十五センチメートル以下で、かつ、踏面が三十センチメートル以上のものにあつては、この限りでない。
4 前三項の規定は、高さ一メートル以下の階段の部分には、適用しない。
では、なぜ階段両側に手すりが必要なのでしょうか。その理由を詳しく解説します。
1.上り下りとも、利き手で手すりを持てる
階段手すりは、上り下りのどちらにおいても利き手でしっかりと握れることが望ましいため、基本的には両側の壁面に設置するのが理想です。両側に手すりがあれば、利用者が上り下りどちらでも利き手で体を支えることができ、動作が安定します。
なので、右利きの方の場合は上るときには1階から見て右側の手すりを使い、降りるときにも同じく右手で、今度は反対側の手すりを使って支えながら降りるのです。
2.片麻痺や骨折などによる患側の機能低下に対応する
特に、片麻痺のある方の場合は、麻痺側で手すりを使うことができないため、必ず健側(麻痺がない方の手)に手すりが必要です。例えば、右麻痺のため右手が使えない方は、上る際は左手側の手すりをつかみます。下りる際には同じく左手を使うので、階段の逆側の手すりを必要とします。麻痺側を使わずに階段を移動するためには両側に手すりが必要です。
また、骨折などにより、手や肘、肩などに痛みや可動域制限がある場合も、麻痺と同様に患側を保護する必要があります。健側を使って階段昇降ができるよう、両側に手すりをつけることが必要です。
3.体幹機能低下や立位保持の低下
両上肢の筋力はあっても、下肢に力が入らない、痺れが強くて足で踏ん張る力が弱い、体幹が弱く立位バランスが保てない、などの場合も、両側の手すりが重要です。
前進するために手を前に伸ばそうとすると、その瞬間は握っていた手すりから手が離れます。手を離しているタイミングで立位のバランスを保てなければ、転倒・転落のリスクが高まります。立位保持が不安定な場合は、手すりの持ち替えの際にも、常にどちらかの手を姿勢の保持に使う必要があります。階段の両側に手すりがあれば、両手を使えることで、姿勢の安定性を保つことができます。
4.左右のバランスを保つためにも重要
麻痺や筋力左右差がないとしても、手すりを両側につけることは重要です。階段の下りは特に前傾になりやすく前方に姿勢が崩れやすくなります。もし手すりをつかんでいる右手で体を支えようとしても、フリーになっている左側が大きく前方か左側に振られ、転倒します。両側に手すりがあれば転倒を防げる可能性は高まります。
また、片側の手すりに依存してしまうと、姿勢も手すり側に傾き、バランスの悪い姿勢での動作となります。さらに視線も手すりのある側に寄ってしまうので、手すりを持っていない側への注意が散漫になりやすくなります。
他にも、疲労が蓄積した場合に休憩するときや、一時的に片手がふさがっている場合にも、両側に手すりがあることで安全性を保つことができます。
3.両側手すり設置のポイント
階段両側に手すりを設置する際のポイントは以下の通りです。
- 手すりの高さを揃える
両側の手すりの高さは、階段の段鼻から75cm〜85cmを基準に統一するのが最もオーソドックスな方法です。両側の手すりをどちらの手でも掴みやすくなり、昇降中のバランスが保ちやすくなります。もちろん、対象者の状況に合わせて手すりの高さを設定するように気を付けましょう。 - 角度を調整
手すりの角度は階段の勾配に一致させます。手すりを途切れさせず、ジョイント金具などにより連続性を保つことで、握り替えをスムーズに行えるようにします。 - 材質と太さの選択
階段は事故も起こりやすく、咄嗟にしっかり握れる手すりであることが求められます。滑りにくい材質を使用し、直径32〜36mm程度の太さを選ぶことで、長時間握っても疲れにくく、安定感が向上します。ディンプル(凹凸)加工の手すりなど、グリップが効きやすい手すりを選びましょう。 - 端部の処理
手すりの端は壁側に曲げるなどの処理を行い、衣服の引っかかりや衝突を防止します。 - 終端を廊下側に延ばす
階段の終端部分で手すりを止めるのではなく、廊下側に延長することで、階段を上りきった後やおりきった後の一歩目まで手すりを使ってサポートすることができます。転倒が最も多いのが下り階段の最後の一段だと言われています。階段を下りてどの方向に移動するのかまでを想定し、適切な場所まで手すりを伸ばしましょう。 - 階段手すりと合わせて、滑り止めも検討を
階段手すりだけでなく、段板の滑りやすさや視覚に障害がある場合は階段の滑り止めを行うことも検討しましょう。
利用する人の身体状況や普段の動作をよく確認し、適切な手すりを設置しましょう。
4. 片側設置しかできない場合のポイント
階段には両側に手すりを設置することが推奨されますが、住宅の構造上やスペースの制約で両側設置が難しい場合もあります。このような場合は、「降りる際に使う側」に手すりを設置します。これは、階段を降りる動作中に転落するリスクが最も高いためです。階段を降りる動作中に重心が前方に移動しやすく、体が安定しにくいためです。そのため、階段の手すりの設置は「降りる際の安全性」を優先させます。
直線ではなく、曲がり・回り階段のように複雑な構造を持つ場合、手すりの設置には慎重な検討が必要です。まず、基本的な設置方針として、段板が広い外周側に手すりを設置することが推奨されます。階段壁面どちらかに設置するのであれば、外周側に手すりを設置することで、利用者が足場の広い側に体重を乗せやすくなり、動作の安定性が向上します。
そのため、降りるときに利き手側じゃなかったとしても、回り階段の場合は、外周側に手すりを設置することが基本とされています。ただ、これはあくまで基本の考え方で、利用者の状況によって対応は異なります。
また、高齢者の場合には、手すりを握る上肢の能力ではなく、支持力や耐久性が高いと思われる側の下肢を優位と見なして手すりを設置するのも一つの方法です。たとえば、右足の方が安定している場合は、右側に手すりを設置することで体重移動をより安全に行えるようになります。
このように、利用者の動作能力や階段の形状、障害特性を考慮しながら、どの位置に手すりを設置すれば安全性を最大限に高められるかを判断することが必要です。設計の際には、個別の状況に応じた柔軟な対応を行いましょう。
ここまで紹介したのは立った姿勢で階段昇降する前提に基づいています。ただ、階段の移動方法は人それぞれです。
例えば、這うように膝をついて階段を上る方であれば、手すりの位置は低い位置になければ姿勢を保持するために効果を発揮しません。
また、降りるときにお尻をついて一段ずつ降りていく場合も一般的な手すりの高さでは高すぎて使いにくい状況が生まれます。
どのような使い方、どのような移動方法を想定するのか。住環境に人が合わせるという視点だけでなく、住環境を人に合わせて最適化する視点が必要です。
5. 階段廻り部分に内側縦手すりを設置するメリット
階段の回り部分では、内側に縦方向の手すりを設置することで、階段における安全性を飛躍的に向上させることができます。この手すりは、利用者が方向転換する際に体を支える「軸」として機能します。曲がり階段のような不安定な動作環境でも、姿勢を整えながら、スムーズに方向を変えることができます。
また、内側縦手すりは降りる際の姿勢固定にも役立ちます。降りる動作中に縦手すりを握ることで、体が前方に傾くのを防ぎ、利用者がより安定した状態で階段を降りることができます。写真のように、階段下り始め部分でも、縦手すりがあることで前方への傾きを防ぐことができ、安全性向上に寄与します。
壁面両側すべてに平行な手すりが設置できない場合でも、回り部分に縦手すりを設置することによって安定性を向上することができます。
まとめ:利用者に最適な設計を
階段の手すりについて解説しました。
階段の手すり設置は、住まいの安全性を確保するための重要な要素です。両側設置が基本ではありますが、片側設置の場合でも「降りる際の利き手側」を優先することや、階段の外周側を意識することで、安全性を高めることが可能です。また、曲がり階段では外周側の手すり設置に加え、内側の縦手すりを活用することで、方向転換や姿勢固定の際の安定性を確保できます。
設置の際には、利用者の動作特性や身体状況、階段の形状を総合的に考慮することが必要です。手すりは単なる設備ではなく、利用者の安全と快適さを支える重要なライフラインです。適切な設置計画を立て、安全な住環境を整えましょう。
この記事を監修したのは
遠藤 哉
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
大手ハウスメーカーを経て、2009年に株式会社ユニバーサルスペースを創業。介護リフォームに特化し、「介護リフォーム本舗」として全国100店舗超を展開している。チェーン全体での介護リフォームの累積工事件数は約120,000件を超える。