日本でも大腿骨近位部骨折の患者数は多く、日本整形外科学会と日本骨折治療学会の診療ガイドラインでは、年間新規患者数は2040年に32万人に達すると推計されています。
つまり、大腿骨頸部骨折は珍しいけがではなく、高齢者にとって身近で、しかも命にも関わりうる問題です。
股関節骨折を経験した高齢者は、同年代の一般高齢者と比べて、骨折後1年の死亡リスクが約2.8倍と報告されています。
だからこそ、大腿骨頸部骨折は転ばないための住まいづくりまで含めて考える価値があります。
この記事では、研究や公的資料をもとに、大腿骨頸部骨折がなぜ高齢者にとって重要な問題なのかを、できるだけわかりやすく整理していきます。
2012年の性・年齢階級別発生率と将来人口推計に基づくと,大腿骨頸部/転子部骨折の年間新規患者数は2030年に29万人,2040年に32万人に達すると推計される。
※参照:日本整形外科学会・日本骨折治療学会「大腿骨頚部/転子部骨折治療ガイドライン」

大腿骨頸部骨折とは
大腿骨頸部骨折は、転子部骨折などとあわせて大腿骨近位部骨折と呼ばれることがあります。
高齢者に多い骨折として知られていて、骨粗鬆症などで骨が弱くなっている場合は、立ったままの転倒でも起こることがあります。診療ガイドラインでは、こうした骨折の患者数は今後も増えていくと見込まれており、高齢者医療の中でも重要なテーマの一つとされています。
まだ元気に過ごしている方やそのご家族にとっては、「転んで骨折するのは、もっと年齢を重ねてからの話」と感じるかもしれません。
でも実際には、日々の暮らしの中のちょっとした転倒がきっかけになることも少なくありません。そう考えると、この骨折は決して特別な人だけの問題ではなく、早めに知っておきたい身近なリスクだといえます。

大腿骨頸部骨折が危険といわれるのはなぜですか?
「骨折で死亡リスクが上がる」と聞くと、驚く方も多いと思います。
けれども、股関節骨折後の予後を追った研究では、骨折を経験した高齢者は、同年代の一般高齢者に比べて1年後の死亡リスクが2.78倍と報告されています。しかもこの差は短期だけではなく、その後も長く続くことが示されています。
大腿骨骨折は全死因死亡率の上昇と正の相関を示した。潜在的な交絡因子を調整した完全調整モデルにおけるハザード比(HR)は2.12(95%信頼区間[CI]:1.76–2.57)であった。死亡率は大腿骨近位部骨折後1年間は高かったが(HR:2.78、95%CI:2.12-3.64)、その後も大きな変動なく高値を維持した(1~4年後のHR(95%CI):1.89(1.50-2.37))。 4~8年後は2.15(1.81-2.55)、8年以上後は1.79(1.57-2.05)。
※参照:Excess mortality after hip fracture in elderly persons from Europe and the USA: the CHANCES project(欧州と米国の高齢者における股関節骨折後の過剰死亡率)
骨折というと、どうしても「折れた骨を治す」という発想になりがちです。
もちろん治療はとても大切ですが、高齢者の場合はそこだけでは終わりません。骨折をきっかけに入院や手術、安静期間が必要になると、体力や筋力が落ちやすくなり、そのことが全身状態に影響していきます。
ご本人やご家族にとっては、「骨折したら不便になる」というイメージはあっても、「命に関わることがある」とまでは結びつきにくいかもしれません。
だからこそ、ここから話すことが重要なのです。
大腿骨頸部骨折の1年死亡率はどれくらいですか?
この数字は、複数の研究を整理したレビューで示されているもので、高齢者の外傷としてはかなり重い水準です。さらに別のメタ解析では、骨折後の最初の3カ月間に限ると、年齢や性別をそろえた一般集団に比べて、死亡リスクは女性で5.75倍、男性で7.95倍に上るとされています。
こうした数字を見ると、単なる「治るケガ」というより、その後の人生や健康状態を大きく左右する出来事として受け止めたほうが実態に近いことがわかります。
もちろん、数字だけがすべてではありません。
年齢や持病、骨折前の体力、治療後の回復状況によって経過は大きく異なります。
それでも、「骨折だから命には関わらない」と軽く見ないほうがよい、ということは確かです。
なぜ骨折で死亡リスクが上がるのでしょうか?
高齢者の大腿骨頸部骨折では、骨折自体が直接の死因になるというより、その後の身体の変化が大きな問題になります。
レビューでは、術後の合併症として、深部静脈血栓症、肺塞栓、心不全や心筋虚血、肺合併症などが挙げられています。また、術後30日以内の死亡原因として、細菌性肺炎、誤嚥性肺炎、心筋梗塞、肺塞栓などが多いとする報告もあります。
高齢者は、ほんの短い安静期間でも筋力や体力が落ちやすく、いったん動けなくなると、そこからの回復に時間がかかります。
もともと元気だった方でも、入院をきっかけに食欲が落ちたり、活動量が減ったり、持病が悪化したりすることがあります。
つまり大腿骨頸部骨折の怖さは、「骨が折れること」「痛いこと」「歩けなくなること」だけではありません。
折れたあとに、身体や生活全体のバランスが大きく崩れることが、本当の意味でのリスクなのだと言えます。
骨折=介護が必要になる「だけ」ではない?
高齢者の転倒や骨折については、「要介護のきっかけになる」という説明がよく使われます。
実際、厚生労働省の2022年国民生活基礎調査では、介護が必要となった主な原因として、骨折・転倒は13.9%を占めています。認知症、脳血管疾患に続く大きな要因の一つです。
多くの人が「骨折すると不自由になる」「介護が必要になることもある」ということ自体は、ある程度想像できるので、当然の結果として理解できるかもしれません。
介護が必要になる、というだけでなく、
“骨折なのに、死亡リスクまで上がる”
という事実は、まだ十分に知られていません。
大腿骨頸部骨折のリスクというものがまだまだ十分に認知されていないというのが現状です。
大腿骨頸部骨折を、がんなど他の病気と比較した場合
大腿骨頸部骨折は、「がんより怖い?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
実際、がんは5年生存率で語られることが多く、厚生労働省の全国がん登録5年生存率報告では、2016年診断・男女計の5年純生存率は、前立腺がん92.1%、女性乳房88.0%、大腸67.8%、胃64.0%、肝および肝内胆管33.4%、肺37.7%でした。
一方、大腿骨近位部骨折では、5年後の予後に大きな影響が出ることが知られており、5年で約半数が亡くなるという報告があります。また、より最近の研究でも、股関節骨折後5年の相対生存率は、年齢や性別によって大きく下がることが示されています。
もちろん、がんは5年純生存率、大腿骨近位部骨折は5年死亡率で、使われている指標が同じではありません。
そのため、「どちらが上か下か」を単純に断定することはできません。
ただ、ここでお伝えしたいのは、大腿骨頸部骨折も、がんのように“その後の生存”という視点で考えるべき重い出来事だということです。
「骨折だから治る」で終わらせず、その後の暮らしや命への影響まで含めて考えることが、転倒予防の第一歩になると思います。
あくまで統計上の比較であり、実際の経過は年齢や持病、骨折前の状態によって大きく異なります。
そのうえで、大腿骨頸部骨折の重さを理解していただくための参考としてご覧いただければと思います。
がんの部位別5年生存率と、大腿骨近位部骨折の5年生存データ(参考)
| 項目 | 指標 | 数値 |
|---|---|---|
| 前立腺がん | 5年純生存率 | 92.1% |
| 女性乳房がん | 5年純生存率 | 88.0% |
| 大腸がん | 5年純生存率 | 67.8% |
| 胃がん | 5年純生存率 | 64.0% |
| 肺がん | 5年純生存率 | 37.7% |
| 肝および肝内胆管がん | 5年純生存率 | 33.4% |
| 大腿骨近位部骨折(男性) | 5年死亡率 | 51% |
| 大腿骨近位部骨折(女性) | 5年死亡率 | 39% |
※がんは5年純生存率、大腿骨近位部骨折は5年死亡率であり、同じ指標ではないため参考比較です。
大腿骨頸部骨折の多くは何がきっかけで起きますか?
厚生労働省の資料でも、大腿骨近位部骨折は高齢者の代表的な脆弱性骨折として位置づけられていて、生命予後が悪いことが指摘されています。骨粗鬆症などで骨が弱くなっている場合は、わずかな転倒でも骨折につながることがあります。
ここで大切なのは、「大きな事故に遭ったときだけ起こる骨折ではない」という点です。
交通事故のような強い衝撃でなくても、日々の暮らしの中のちょっとした転倒が入口になります。
まだ転倒の不安を強く感じていない前期高齢者の方にとっては、ここがいちばん見落としやすいところかもしれません。
だからこそ、“元気なうち”から住まいの安全性を見直しておく意味があります。
高齢者の転倒はどこで起きやすいのですか?

消費者庁の注意喚起資料では、65歳以上の高齢者の転倒事故について、発生場所の57.7%が自宅とされています。
外の段差や雨の日の道路よりも、むしろ慣れた家の中のほうが転びやすいのです。
自宅には、こんな場面があります。
- 夜中にトイレへ向かう廊下
- 玄関の上がり框
- 脱衣所や浴室の床
- 敷居や小さな段差
- 足元が見えにくい照明環境
毎日使う場所だからこそ、気づかないうちに危険が当たり前になっていることがあります。
そして、その“いつもの場所”での転倒が、大きな骨折につながることがあります。
住宅改修はいつ考えるべきですか?
住宅改修というと、「手すりは介護が始まってから」「段差解消は退院後に考えるもの」といったイメージを持たれがちです。
もちろん、そうした場面での改修も大切です。
でも、ここまで見てきたように、大腿骨頸部骨折は、
その後の命や暮らしに影響する骨折です。
そう考えると、住宅改修は、「介護が必要になってから」ではなく、「転倒・骨折をしないため」に必要だということがわかります。
住宅改修は、転倒のきっかけを減らし、重大な骨折の入口を減らすための予防策になります。
前期高齢者やそのご家族にとっても、「まだ介護が必要ではないけれど、転倒予防のために住まいの環境を整える」という考え方が必要なのではないでしょうか。
まとめ
大腿骨頸部骨折は、単なる「けが」ではありません。
高齢者にとっては、その後の体力低下や合併症、持病の悪化などをきっかけに、生命にも影響しうる重い出来事です。
実際に、大腿骨近位部骨折では、骨折後1年の死亡リスクが一般高齢者より高いことが報告されており、さらに5年で約半数が亡くなるという報告もあります。もちろん、年齢や持病、骨折前の体の状態によって経過は大きく異なりますが、骨折が重大なリスクを伴うという視点はとても大切です。
そして、その入口の多くは転倒です。
しかも高齢者の転倒は、特別な場所ではなく、住み慣れた自宅で起きることが少なくありません。消費者庁の資料でも、65歳以上の転倒事故の半数以上が自宅で発生しているとされています。
だからこそ、住宅改修は「介護が始まってから考えるもの」ではなく、転倒を防ぎ、命に関わる骨折を予防するための対策として考える意味があります。
手すりの設置、段差の解消、滑りやすい床の見直し、夜間動線の照明改善といった工夫は、毎日の暮らしを少し安心にするだけでなく、大きな事故の入り口を減らすことにもつながります。
今はまだ元気に過ごせていても、転倒や骨折のリスクは、ある日突然現れることがあります。
だからこそ、「まだ大丈夫」と思える今のうちから、住まいを見直しておくことには大きな意味があります。
大腿骨頸部骨折を、ただの骨折として見ないこと。
それが、将来の安心につながる第一歩になるはずです。
介護リフォーム本舗では、将来の介護だけでなく、転倒予防のための住宅改修についてもご相談いただけます。お近くの店舗まで、ぜひ気軽にご相談ください。
![介護リフォーム本舗[公式]介護リフォーム・住宅改修に特化したフランチャイズ](https://kaigor.com/wp-content/uploads/2024/07/logo_mini.png)


