この記事を監修したのは
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
遠藤 哉
ご自宅で在宅介護をする上で、お風呂での事故は大きな不安要素となっています。
お風呂は日常生活の中でリラックスできる場所である一方で、床や浴槽の滑りやすさや、入口の段差、浴槽の縁の高さなど、様々な危険要因も潜んでいます。お風呂での事故は高齢者にとって深刻な怪我や痛みを引き起こすことがあり、これを防ぐための対策が必要です。
そこで、この記事では「お風呂の介護リフォーム」に焦点を当て、高齢者の安全と快適さを確保するためのリフォームについて詳しく説明します。
【この記事を読んでほしい人】
- お風呂の転倒が心配な人
- お風呂の浴槽またぎで転びそうで心配な人
- お風呂場の最適な介護リフォームの方法を検討している人
【この記事で解説していること】
- 浴室ではヒートショック現象もあり、転倒も含めた重大事故が起きやすい
- 浴槽またぎや立ち座り、浴室出入りなどに手すりが有効
- 床材の変更・段差解消・扉の交換などが介護保険対象の工事として認められる
- 浴槽の滑り止めマットは介護保険では認めらない
お風呂のリフォームが必要な理由
入浴による清潔や保温、血流の循環促進、リラックス効果は非常に大きいことから、
お風呂のリフォームが必要な理由について解説します。
1.浴槽での溺死者数は年間5,097人
お風呂の事故で多いのは浴槽での溺死・溺水です。65歳以上の溺死・溺水事故のおよそ8割は浴槽で起きています。令和3年度の厚生労働省「人口動態調査」によると、浴槽での溺死や数は5,097人(*1)。65歳以上高齢者の不慮の死因としては、「転倒・転落」「窒息」に次ぐ第三位です。交通事故死者数2,150人の2.5倍近くあり、いかにお風呂での事故リスクが高いかがわかります。
特に冬場にお風呂での事故が増える傾向があります。東京消防庁のデータによると、65歳以上の高齢者が浴室で溺れる事故の60%は11月から2月の間で起きています(*2)。
温度の寒暖差が誘因となって起きるヒートショックに関連した事故は冬場に多く、東京都健康長寿医療センター研究所の発表によると死者数のうち、年間17,000人はヒートショックに関連していると推計されています(*3)。
お風呂は特に寒暖差の影響を受けやすいこともあり、入浴は高齢者にとっては非常にリスクの高い行為でもあります。安全に入浴ができる環境を整えることが自宅での生活を続けていくためには欠かせません。
2.入浴は体への負担が大きく、エネルギー消費が激しい
入浴はエネルギーを消費することも覚えておきましょう。
入浴は別に運動でもないし疲れることはないと思う方もいるかもしれませんが、体力の消耗も伴います。大きく足を上げて浴槽をまたぐ動作や立ち座りなど、上下の動きが多いので、短時間で負荷の大きな運動を続けて行っています。
呼吸器系疾患を持っている方はリラックス効果で副交感神経が優位になる一方、気道の筋肉が弛緩することで気道が狭くなり、呼吸が苦しくなることもあります。
また、入浴時には汗もかきやすく、脱水症状にもなりやすいです。特に高齢者はもともと体の中に蓄えている水分量が少ないため、脱水になるリスクが高く、脱水に伴う呼吸苦・めまい・ふらつきなどが出現するリスクもあります。
入浴の動作、呼吸状態の変化に加えてヒートショックによる血圧の変動、息苦しさが出現することで消費エネルギーが大きくなります。長湯は禁物と言われますが、特に入浴後は事故が起きやすいため注意が必要です。
3.皮膚が保護されていない
浴室内では皮膚が保護されていません。
通常、洋服を着ていれば大きな怪我にならなくても、浴室では体を守る衣服がないので、擦過傷・表皮剥離などの怪我も負いやすくなります。高齢者は皮膚が薄く、皮膚の水分量も少ないため弾力性もなく、怪我のリスクも高まります。
また、転倒などによるダメージも、体を守るクッションがないため大きくなります。
4.床面が滑りやすい
多くの浴室は滑りやすく、転倒のリスクが高まります。
昔の浴室はタイル張りが一般的で床面が滑りやすい特徴があります。他にも、
- 床が水に濡れているために滑る
- 石鹸かす・シャンプーやボディソープなどが滑る
- 入浴剤が滑る
このように床面が滑りやすくなる要因は数多くあります。特に入浴剤に関しては、ぬるっとしたものも多いため、転倒事故の要因となります。
5.またぐ動作
入浴には浴槽をまたぐという動作があります。
浴槽またぎが低いユニットバスなどの浴槽もありますが、またぎが高い浴槽も多いです。
浴槽に入るためにはこのような動作が伴います。
筋力やバランスの低下した高齢者がこれらの一連の動作を行うことには多くの困難が伴います。もちろん床面の滑りやすさやヒートショックによる血圧の変動などの危険因子も複合的に重なりますので、さらにリスクが高まることは言うまでもありません。
入浴という動作の中には様々な事故のリスクが伴います。
ただ、入浴で得られる効果は非常に大きく、高齢者の身体にも好循環をもたらします。
これらの効果を得るために、入浴はとても重要です。
入浴を楽しむためには、入浴のリスクを取り除く介護リフォームがひとつの解決策となります。
これは社内独自データとなりますが、いえケア運営会社がフランチャイズ本部を行う「介護リフォーム本舗」全店舗の場所別相談件数(2022年1月~12月)を見ると全498,230カ所の相談のうち、67,294カ所がトイレに関する工事の相談となっています。全体のおよそ14%は浴室の介護リフォームの相談で、トイレ・屋外に次いで3番目に希望の多いリフォーム場所であることがわかります(*4)。
安全に入浴を楽しむための、お風呂の介護リフォームをいくつか紹介します。
お風呂の手すり取付
費用対効果の高い手すりの設置
大規模な介護リフォームではなくても、すぐにできるのが手すりの取り付けです。比較的費用も少なく、転倒予防の効果も高いリフォームです。介護保険の住宅改修対象となりますので、自己負担はかかった費用の1割から3割(前年の所得によって負担割合が異なる)です。コストパフォーマンスが高いことから、まず手すり設置を検討するといいでしょう。
お風呂で使う手すりは室内の木製手すりとは違い、滑りにくさや防水性が重視されます。樹脂で覆われ、滑りにくく、握りやすい形状の浴室用手すりが使われます。
ユニットバスなんですけれど手すりはつけられますか?
手すりを設置するポイントとして、以下の8つの場面をイメージするといいかと思います。
- 浴室扉の開閉
- 浴室出入口
- 浴室内の歩行
- 浴室での姿勢保持(体を洗う動作)
- 洗い場での立ち座り
- 浴槽のまたぎ動作
- 浴槽内での方向転換
- 浴槽内での立ち座り
- 浴槽内での姿勢保持
浴槽またぎに使える手すりのパターン
特に事故が多くいのが浴槽のまたぎ動作です。
浴槽をまたぐには、浴槽の高さにもよりますが、大きく足を上げなければいけません。片足を大きく上げると後方に重心が傾くため、片足で立位バランスを保つことができずに、後方に転倒することがあります。
筋力の低下やバランス能力の低下により、片足一点のみでバランスを保つことができないため、多くの高齢者にとってまたぎ動作は困難な動作になります。手すりを取り付けることで、軸足と手でバランスをとり、転倒を予防することができます。
浴槽またぎの一般的な手すりパターンを紹介します。
比較的バランスがしっかりとれる方であれば、縦方向の手すりだけというパターンもあります。この場合は、浴槽縁の上に取り付けることが一般的です。両手で手すりをつかんで、壁方向を向きながら浴槽をまたぐ方法がとられます。
縦方向の手すりで安定した移動が難しい方は、横方向に手すりを取り付けます。縦手すりと違い、体幹が回転することなく、壁を向きながら横方向に平行移動することで浴槽をまたぐことができます。
L型の手すりを設置する方法もあります。縦手すりをつかんでまたぎ動作、横手すりで体を支えながら浴槽内に移動することができます。他にも横手すりに縦を追加した逆T字型の手すりなど、様々なパターンがあります。
これらもあくまで一般的によく見られるパターンですので、専門家の意見を聞き、対象者の状態やお風呂の環境などに合わせて適切な手すりを設置することをお勧めします。
福祉用具の手すりを使う方法
浴槽のまたぎ動作に関して言えば、住宅改修ではなく、福祉用具の手すりを購入して解決することもできます。
浴槽の縁を挟み込むようにして固定するタイプの浴槽手すり。浴槽グリップとも呼ばれます。
縁の形状が弯曲している場合や縁の幅が大きすぎる場合などは、設置できないこともありますので、福祉用具専門相談員に確認しましょう。
このタイプの浴槽用の手すりを使う場合、浴槽の横幅が狭いと、浴槽またぎをするときに足を上げる場所が限られ、窮屈な動作になってしまいますので注意しましょう。
天井と床面で突っ張り、縁で支えるタイプの手すりもあります。
この手すりは前傾姿勢にならずにまたぎ動作ができるため、安定した姿勢を維持でき、腰への負担も少なくなります。
浴槽内での立ち座り用の手すり
浴槽では立ち座りの動作が必要になります。浴槽にお湯が張ってあると浮力を利用して立ち座り動作もしやすくなります。ただ、浴槽内は滑りやすいこともあって、つかまる場所がないとバランスを崩すリスクも高くなります。また、座っている姿勢の保持が難しい方や、体が軽いために浮いてしまう方は手すりでバランスをとることができます。
浴槽の縁から10cm~15cmくらいの高さに横手すりを取り付けると、手すりで姿勢を保持しながら立ち上がりができます。横手すりの先端、前方に縦手すりを追加してL字の手すりにすると、立ち上がりから立位姿勢の保持にも効果的です。
浴槽に浴槽内いす(浴槽台)を使われる方もいます。使用する状況に合わせて適切な手すりを検討しましょう。
浴室の出入り用の手すり
浴室の出入口が段差になっているときには、段差での転倒のリスクもあります。また、ドアの開閉時にバランスを崩すこともあり、浴室の出入に手すりをつけることが多いです。扉の横の壁に縦手すりをつけることが一般的です。浴室内と脱衣所側、両方に縦手すりがついていると安心です。
また、手すりをつかんで浴室内に入ったとき、手すりにつかまっている手は体の後方に残ってしまいます。姿勢を保持するために、つかまる場所は体の前方にあることが望ましいです。浴室内の手すりがつかみやすい場所にない場合は、オフセット型の縦手すりを使うことがあります。
握り部分と取り付ける部分が横にずれる形状の手すりをオフセット型手すりといいます。オフセット型の手すりであれば、扉の反対側からでもつかみやすい位置に手すりを設置することができます。
他にも、洗い場での歩行や立ち座りなどを目的とした手すりを取り付け、安全なお風呂場にしていくことができます。
洗い場での立ち座り
洗い場での立ち座りにもつかまる場所があると安心です。
座って正面の位置に縦手すりがあると立ち上がりがスムーズに行えます。
話は脱線しますが、立ち上がりに関してはシャワーチェアを購入しておくと便利です。
座面が低いと立ち上がることが大変ですが、シャワーチェアのように高い座面のいすからは立ち上がりやすく、安定した動作ができます。
立ち上がる動作で、前方の手すりではなく、両手で押して立ち上がる動作を考えるのであれば、ひじ掛け付きのシャワーチェアを選ぶことをおすすめします。
利用する人の状態やお風呂の形状などから適切な位置に手すりを取り付けましょう。
介護リフォームで使われる手すりについてはこちらの記事にまとめていますのでご参照ください。
介護保険住宅改修対象の介護リフォーム
お風呂の介護リフォームで介護保険に対象になる工事は以下のようなものがあります。
- 滑り止めのための床材変更
- 扉を折れ戸・引き戸に交換する
- 風呂場の段差解消
- 昇降リフトの設置
滑り止めのための床材変更
洗い場が滑りやすいと転倒のリスクが高まります。介護保険の住宅改修で滑りにくい床材に変更することができます。
床を張り替える、というと大きな工事になりますが、浴室用の床シートで介護保険対象になっている商品もあります。水はけがよく、水に濡れても滑りにくく、衝撃吸収性の高いシートがありますので、大きな転倒事故につながるリスクを軽減できます。
さらに、タイルのお風呂は寒く、ヒートショックが起きやすいと言われていますが、断熱効果の高い床材・床シートにすることで足元の冷たさを感じなくなります。
扉を折れ戸・引き戸に交換する
お風呂の出入口ですが、まだまだ開き戸が多いです。
開き戸は内開きが多いため、ただでさえ狭いお風呂場のスペースが、扉の開閉でスペースを奪われ、さらに狭くなります。
特にシャワーチェアなどを置くと浴室のスペースはさらに狭くなります。扉を開けると、体を避けるスペースも限られ、後退しなければいけないため、転倒リスクが高まります。介護者が入浴介助をしている場合は介護者のいるスペースも少なくなり、転倒の危険があります。
扉を折れ戸や引き戸に変更することで、浴室内の有効スペースを確保することができます。
折戸や引き戸は開閉時に体を避ける必要がないため、前後への重心移動がなくなり、転倒リスクが少なくなります。
風呂場の段差解消
お風呂場の段差解消も介護保険対象の工事です。
例えば、脱衣所より風呂場が低い場合は、すのこを設置することができます。すのこの場合は住宅改修ではなく、特定福祉用具という扱いになります。工事ではなく、購入品の扱いです。
すのこは段差解消の目的だけでなく、床面が滑りにくく、断熱性の高い素材のものを選ぶと転倒やヒートショック防止につながるなど、よりお風呂の安全性を高めることができます。
浴槽の中と洗い場で高さのレベルに差が大きいとバランスを崩しやすくなります。浴槽の中が深いお風呂もあります。
浴槽台(浴槽内いす)を浴槽の中に沈めておくと、浴槽の中に入ったときに足の置き場にすることができ、浴槽またぎをより安全に実施することができます。
また、浴槽台に座ってお湯につかることで、半身浴の状態にすることができ、心疾患のある方などは心臓への負荷を少なくすることができます。
昇降リフトの設置
浴室のリフトを設置することもあります。こちらは介護保険のレンタルで対象になるものもあります。
浴槽で腰を下ろす・立ち上がるといった動作ができない場合、浴槽の昇降用リフト(バスリフト)を使うこともあります。大がかりな電気工事もなく充電式電池で浴槽内を電動昇降します。
ここまで介護保険制度が使えるリフォームの内容を紹介しました。
介護保険対象外の介護リフォーム
介護保険の対象にならない介護リフォームもあります。保険外リフォームでお勧めしたいポイントを紹介します。
- 浴室暖房の設置
- シャワーヘッドの変更
- 蛇口・水栓の変更
浴室暖房
すでにお伝えしていますが、ヒートショックは高齢者の入浴に関して大きなリスクとなります。従来の日本の浴室は寒く、冬場には寒暖の差からヒートショックが起きやすくなります。
脱衣所・浴室を暖めるための暖房を設置するといいでしょう。浴室乾燥機能がついている大がかりなものもありますが、コストをかけたくなければ脱衣所に小型暖房を置いて、浴室の扉を開けて浴室と脱衣所を一緒に暖めておくのもいいでしょう。
シャワーヘッドの変更
シャワーヘッドを変更するのも利便性の高い変更です。一人で入浴する場合ももちろんですが、介助者が入浴介助する場合には、狭い浴室内で背中側から介助することが多く、水栓側に手が届かない状況も多いです。シャワーヘッドを変更し、シャワーヘッドの手元にストップボタンの付いたタイプに変更すると、水栓部分に手を回すことなくシャワーを止めたり出したりすることができます。もちろん、水道代の節約にもつながります。
蛇口・水栓の変更
蛇口の水栓を変更することも使いやすくするひとつの手段です。蛇口をひねる動作は、握力の弱い高齢者には困難な動作です。レバーの上下動で操作できるタイプの水栓にすることで、力を入れなくてもお湯を出すことができます。
浴槽用滑り止めマット
よく勘違いされる方がいるのですが、お風呂用の滑り止めマットは介護保険の福祉用具や住宅改修の対象にはなりません。
介護保険の対象外ですが、浴槽は滑りやすく購入される方も多い商品です。
浴槽のタイプや広さなどによって適したものを選んで購入しましょう。
まとめ
手すりや福祉用具だけで対応できるのか、大規模な工事をするのか。あれもこれもと考えると予算はどんどん膨らんでしまいます。
福祉用具専門相談員やケアマネジャー、理学療法士、住宅改修専門業者などの専門職と相談しながら、必要な内容を検討しましょう。
動画でも紹介していますので是非ご参照ください。
住宅改修に関する手続きや基本的な情報はこちらの記事にまとめていますのでご参照ください。
参考資料
*2 高齢者の事故に関するデータとアドバイス:消費者庁消費者安全課
*3 入浴時の温度管理に注意してヒートショックを予防しよう 東京都健康長寿医療センター 研究所
*4 介護リフォーム本舗 2022年施工箇所別相談件数(独自データ)
この記事を監修したのは
遠藤 哉
株式会社ユニバーサルスペース 代表取締役
資格:一級建築士、一級建築施工管理技士、一級土木施工管理技士
大手ハウスメーカーを経て、2009年に株式会社ユニバーサルスペースを創業。介護リフォームに特化し、「介護リフォーム本舗」として全国100店舗超を展開している。チェーン全体での介護リフォームの累積工事件数は約120,000件を超える。
代表遠藤社長
ユニットバスでも、手すりをつけることができます。ユニットバス用の手すりがありますので、しっかり固定できます。ただ、付けられる手すりの種類が限定される場合もありますので、詳細は担当者に確認してください。